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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)15656号 判決

原告 日立建機株式会社

右代表者代表取締役 西元文平

右訴訟代理人弁護士 伊達利知

同 溝呂木商太郎

同 伊達昭

同 澤田三知夫

同 奥山剛

被告 株式会社 三喜

右代表者代表取締役 竹内幸雄

右訴訟代理人弁護士 三堀博

主文

一、被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建設機械を引渡せ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は建設機械の製造・販売を主たる目的とする株式会社であるが、昭和五九年一〇月一日、高橋産業こと高橋進作(以下「高橋」という。)に対し、原告所有にかかる別紙物件目録記載の油圧ショベル一台(以下「本件機械」という。)を左記条件にて売渡した。

(一)代金 九三六万八〇〇〇円

(二)支払方法

頭金六九万四〇〇〇円、残金を昭和五九年一〇月から同六一年九月まで毎月末日を期限として三四万七〇〇〇円ずつ、同六一年一〇月末日の最終回のみ三四万六〇〇〇円の合計二五回の分割払いとする。

(三)所有権の帰属

代金完済まで原告に留保する。

(四)特約

(1)買主たる高橋は、本件機械を善良なる管理者の注意をもって占有・管理・使用・収益し、原告の承諾なく本件機械を譲渡し、担保権の設定をし、貸与し、使用名義を変更する等の行為をしてはならない。

(2)高橋が、代金の支払いを怠り、もしくは本契約の条項に違反したときは、債務残額につき直ちに期限の利益を失い、直ちに本件機械を原告に引渡さなければならない。また、右の場合、原告は何らの催告を要せずに本契約を解除することができる。

2. 高橋は、代金の頭金を支払わない。しかも、本件機械の引渡を受けた数日後に、原告に無断で本件機械を菊地一郎に賃貸し、さらに、同人が本件機械を第三者に処分してしまったことにより、本件機械の行方が分らなくなってしまった。

3. 原告は、昭和五九年一〇月二七日、前記特約を理由に口答にて本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

4. その後、昭和六〇年一〇月九日になって、被告が浅上航運倉庫株式会社に本件機械を保管させて占有していることが判明した。

5. よって、原告は被告に対し、所有権に基づき、本件機械の返還を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1のうち、原告が建設機械の製造・販売を目的とする株式会社であることは認めるが、その余の事実は不知である。

2. 請求原因2、3は不知である。

3. 請求原因4は認める。

三、抗弁

被告は、昭和六〇年六月一八日ころ、東京都千代田区神田松永町一七フラワービル相武機工株式会社(以下「相武機工」という。)から、本件機械を買取り、代金四〇〇万円を支払って現実の引渡しを受け、その占有を取得した。そこで、被告は本件機械の所有権を取得した。

四、抗弁に対する認否

否認する。被告は、本件機械を、相武機工の仲介によって、株式会社白石運送(以下「白石運送」という。)から買い受けたものである。

五、再抗弁

仮に抗弁どおりの事実があったとしても、

1. 被告は、古物商の許可を有する者であるから、本件機械の占有取得にあたり、相武機工が権利者であるか否かについて、一般人と異なった慎重な調査をする義務があるが、それを怠った。

2. 社団法人日本産業機械工業会(以下「産機工」という。)は、産機工に加盟する原告ら一九社に対し、昭和四六年六月一日以降加盟会社が代金を完済した顧客に産機工制定のすかし入り譲渡証明書を発行することを認め、その旨並びに中古建設機械の取引にあたっては譲渡証明書を確認されたい旨を、パンフレットの配布や定期的新聞広告によって、中古機械の取引業界に周知せしめて来た。更に、産機工は、昭和五四年九月二〇日発信の内容証明郵便によって、被告に対し、右と同様の通知をしており、一方被告は、これまでの原告との間の他の建設機械の割賦販売に於ても、代金完済をして原告から何通かの譲渡証明書の発行を受けていて、建設機械の取引が譲渡証明書に準拠してなされる慣行が業界に存することを熟知していた。然るに本件では、被告は正規の譲渡証明書を所持しない売主から本件機械を購入しているのであり、さらに被告は、昭和六〇年一〇月九日に原告によって本件機械が発見されたことを聞くや、慌てて私製の譲渡証明書用紙を相武機工のもとに持ち込んで相武機工に譲渡証明書の発行を求めようとした。しかしながら、このようにして発行された乙第一号証の譲渡証明書にはすかしが入っておらず、またメーカーが発行した正規のものではない。

3. 被告は、本件機械の取得後、直ちに同機械についていた「製造番号二〇七八二」のプレートをはずし、刻印番号一六四-二〇七八二の数字の一部を溶接機を使って埋め、これを一六四-二二七八二に刻印し直して改ざんしている。そして本件機械の稼動時間を示すアワー・メーターを一〇六七時間から三四六時間に戻し、部品の一部を取替えた上、全体を新品同様に再塗装して、輸出すべく通関手続を取ろうとしていた。

4. これらの事情は被告の悪意を窺わせる事由といえるが、少くとも、被告には充分な調査義務を怠った重大な過失がある。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1のうち、被告が古物商としての許可を受けていることは認めるが、その余は否認する。被告会社の社長竹内幸雄は、本件機械の買取り前の昭和六〇年六月一三、四日ころ、ブローカー箱崎匡茂の案内で、相武機工社長の原田俊夫が宮城県白石市内の機械置場へ本件機械の点検に行くときに同行し、白石運送社長の小関伸一郎等の説明も聴いて入手経路および権利関係を調査し、間違いのない物件と確認しているのであって、古物商としての調査義務に欠けるところはない。

2. 再抗弁2のうち、原告主張のように、いわゆる産機工の譲渡証明書なるものがあって一部業界で利用されていること、本件では産機工の譲渡証明書は使用されていないことは認める。その余は否認する。産機工の譲渡証明書は、別に法令の根拠がある訳でも、関係当局の指導によるものでもない全く自治的な一部関係者間のとりきめ程度のもので、出来てから日も浅く、いまだ一般化してはいないし、汚損、破毀、紛失、盗難などの際は再発行もされず、税関などの必要書類でも何でもないから、金科玉条とするわけにはいかない。産機工以外にもそれぞれ独自に譲渡証明書を作成交付する例があり、本件においては、相武機工がこれを発行しているが、譲渡証明書なしの取引も少なくないというのが業界の実情である。

3. 再抗弁3のうち、刻印番号、プレートの点については認める。その余については否認する。被告は、建設機械の販売および修理を業とするもので、古物を買った場合は自己の所有物として必要な改装修理を加え、商品価値を上げたものを売っているにすぎない。それは別に犯罪的意図をもって行なうものではなく、本件機械についていえば、被告が購入した時には、すでにプレートは破損状態にあり、アワー・メーターは三四六時間となっていた。刻印番号の点は取引先の強い要求に従ったものである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因について

1. 請求原因1について

原告が建設機械の製造・販売を主たる目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。その余の請求原因1記載の事実(売買契約の締結)は、証人大下一男の証言により真正により成立したものと認められる甲第一号証の一及び同証言によりこれを認めることができる。

2. 請求原因2(不払と本件機械の行方不明)及び同3(解除)について

証人大下一男の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の二及び同証言によれば、右請求原因2、3記載の各事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

3. 請求原因4記載の事実については、当事者間に争いがない。

二、抗弁について

〈証拠〉によると、抗弁記載の売買により被告が本件機械の引渡しを受けて占有を取得したことが認められる。証人大木一男の証言中右認定に反する部分は採用しない。

三、再抗弁について

そこで、被告に過失があったかどうかについて判断する。

1. 被告が古物商の許可を有する者であることは、当事者間に争いがない。しかも、被告代表者本人尋問の結果によれば、被告は昭和四八年から右許可を得てその営業をしているものと認められるのであるから、被告は専門業者として、建設機械の売買は所有権留保の割賦販売方式によるのが取引の通例であることを当然に了知しているものと考えられる。従って、被告のような専門業者が製造会社や指定販売会社以外の者から建設機械を買い受けるにあたっては、原則として、当該機械の売主がその所有者であるか否かについて、一般人とは異なった慎重な調査確認をすべき義務があるというべきである。然るに、被告代表者本人尋問の結果によれば、被告の調査確認は、被告代表者が、本件機械の購入の際、転売人である相武機工の社長原田俊夫と共に、その前者である白石運送(弁論の全趣旨によれば、この両社とも製造会社や指定販売業者ではない。)の社長小関伸一郎から問題のない機械であるとの説明を聞き、かつ本件機械を見分したのみで、製造会社である原告からの転得者を順次追跡調査などしたことはない。よってこの点から、被告の調査確認には専門業者としての慎重さが欠けていたものと考えざるを得ない。

2. さらに、〈証拠〉によれば、産機工は、昭和四六年六月一日以降、建設機械について、製造会社またはその指定販売会社において代金全額の支払いを受け、買主に所有権が完全に移転した時点で産機工制定の様式の譲渡証明書を発行し、買主は、機械を他に譲渡する場合にはこの譲渡証明書をその者に交付する旨の取決めをしたこと、この譲渡証明書の制度は、その後パンフレットの作成や定期的になされる新聞広告によって周知がはかられた外、専門業者には内容証明郵便による告知がされており、被告に対しても昭和五四年九月ころその旨の内容証明郵便が送付されていること、以上のとおり認められる。しかるに、相武機工から被告への本件機械の売買の際には右産機工制定の譲渡証明書がなかったことは当事者間に争いがない事実である。そうすると、この点からも、被告には過失があったのではないかと考えられる。

もっとも、被告は、産機工制定様式以外の様式の譲渡証明書(乙第一号証)を提出している。しかしながら、このように売買の相手方が作成した譲渡証明書では、単にその相手方から所有権が同人にあるかどうかを確認したのと同様であって、これがあるからといって、とうてい前記専門業者としての慎重な調査確認義務を尽くしたといえないことは明らかである。

3. 被告は、本件機械を購入した後、これに修理、再塗装などをした外、刻印番号を改変し、製造番号のプレートを取りはずしたことは当事者間に争いがない。

以上を総合してみると、被告は専門業者としての慎重な調査確認義務を尽くしておらず、また産機工制定様式の譲渡証明書をも得ていないのであるから、被告には過失があったというべきである。

以上のとおりであるから、再抗弁は理由がある。

四、結論

以上の事実によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(栽判官 佃浩一)

〈以下省略〉

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